Deer over-abundance issue (2)

本研究室では,シカの影響を調べるだけでなく,ダメージを受けた生態系を修復する方法も研究しています。

最近は農林業被害への対策のため,日本各地でシカの補殺が行われています。シカの数を減らせば農林業被害への効果は比較的すぐ現れますが,生態系には顕著な回復がみられない場合がしばしばあります。2016年に行った調査の結果,房総半島のシカが減った地域では,植生や土壌の状態(リター量や孔隙率)が回復せず,乏しいまま推移していることが判明しました(報告論文)。このように,生態系に強いインパクトがかかった後で,影響を起こした張本人(ここではシカ)がいなくなっても影響だけが残り続けることを,生態学では「履歴効果」などとよんでいます。

房総半島では1980年代からシカの増加・分布拡大・影響の顕在化が起こっており,当初の分布中心にあたる鴨川付近では30年以上にわたって高密度状態が続きました。長年にわたり負荷がかかり続ける中,主要な林床植物がほぼ衰退し,回復の源となる種子が枯渇したり,土壌の緊密化や孔隙率の減少がおこったと思われます。その結果,駆除によってシカが減った地域でも,いまだに植物の回復が妨げられているようです(詳細はこちら)。

逆に,神奈川県の丹沢山地もシカによる植生改変で有名な地域ですが,影響が顕在化し始める前に大規模な植生保護柵が多数設置されました。その甲斐あってか,丹沢の柵の中では植物や大型の昆虫が保全されています(という論文)。この例のように,重要な自然保護地域などでは,シカが増える初期に柵を設置することで,植生等の自律的回復の可能性を高められるようです。

さて房総半島のシカの履歴効果ですが,回復を妨げているのは種子不足や土壌状態の悪化だけでなく,人間側の管理方法の問題もあるように思われます。これを明らかにするため,私たちは2008年から,東京大学千葉演習林と共同で,次のような実験に取り組んでいます。

まず,シカの影響で下層植生が消失した森(二次林)に,防鹿柵を立ててシカを排除してみます。その後10年以上待ってみても,柵内にも柵外にも,下層植生は殆ど生えてきません。

こんどは,上層木を伐採して(林冠ギャップを作って)みます。するとわずか半年後には,シカがいようがいまいが,青々と植物が生えてきました。地中の埋土種子や森の外から飛来した種子が発芽し,切り株から萌芽が出るなどしたものです。明るい日差しのもとで,これらの植物の成長力は,シカの食べる速さをしのぐようです。ただ,この状態のまま10年放置してみると,写真のような…シカが好まない少数の種類の植物(ほぼ有毒)が地面を覆い,灌木の入り混じった草原のような,変な植生に落ち着きました。見た目はだいぶ変だけど,動物や草本種は割と豊富なので,これはこれでアリなのかもしれない(草原や伐採跡地で家畜とか飼ってた頃はむしろこんな植生だったのかもしれないし)。

DSCF0774mini最後に,伐採直後に,跡地(ギャップ)に防鹿柵を立てて植生を保護してみます。この場合は,施工後すぐに通常の二次遷移が開始されました。10年以上たった現在は,伐採前の林冠を占めていた常緑樹が再び台頭しつつあります。この実験設定では,シャガとかフユイチゴとか,暖温帯林の林床を彩る様々な,シカに喰われて消失していた植物が,年々少しずつ戻ってきています。2020年の秋にはフユイチゴが柵の中に繁茂し,実をつけていました。

また,伐採+柵あり実験区には,多様な植DSCF1372mini食性昆虫が出現していました。伐採から5年後くらいの時点では,土壌への伐採の影響も少しみられましたが(Forest Ecology & Management  329: 227-236),10年経過するとほとんど影響はみられなくなっています(投稿準備中)。

この実験結果から考えると,暗い森ではシカがいなくなっても植物は戻ってこないのですが,森をいったん伐採すれば,通常の遷移が駆動されて,徐々に森へ戻っていくことがわかります。かんだチャックを一旦戻して引っ張ったら閉じた,みたいなイメージです。では,暗い森の中ではなぜ,どこらへんでチャックがかんでしまったのでしょう?

>> 続き:シカの増加と暗い森,そして人間社会の関係とは