2017年度修了生の原田さんの修論が Forest Ecology and Management 誌に出ました。
Kensuke Harada, Jeffery Ang Meng Ann & Maki Suzuki (2020)
Legacy effects of sika deer overpopulation on ground vegetation and soil physical properties. Forest Ecology and Management 474: 118346
2005 年に,シカの密度と植生の状態との関係を調べるため,房総半島南部で広域・多点の植生調査を行いました(約70か所)。それから11年経過した 2016 年にもう一度同じ場所を植生調査して,変化を追跡した論文です。単純そうだけど意外とない種類のデータです。いくつかの調査地は,2016年にはすでに林道崩壊などで到達できなくなっていました。。本当に大変だった。
2016 年の植生量は 2005 年に比べて増えてはおらず,むしろ減少していました。これは,シカの生息密度が増えたためではありません。房総半島ではシカの捕獲が精力的に行われていて,一部の地域では2005年から2016年までの間に,シカの生息密度が減少しています。それらの地域においても,失われた植生は回復せず,乏しいままで推移したのです。
私たちは,過去に生態系が受けたダメージが,シカが減った後も長いあいだ残っているのだと考えています(履歴効果 legacy effect)。房総の森林(閉鎖林冠下)では,少なくとも11年は過去のダメージが残っているようです。
このことは,保全計画を考えるうえで重要です。影響が時間とともに累積していき,システムに長く遺留するのだとしたら,対策を開始する早さによって保全の成否が変わってくるからです。
原田さんは,調査地の土壌の物理的な状態(孔隙率・緊密度)も調べています。一般に,シカが増えて植生が減ると表土が硬く締まってしまう傾向があり,これが植物の回復を阻害するのではと言われています。今回の研究でもそのような効果がみられましたが,一方で,土壌の劣化によって植物が増えにくくなるような効果は,統計的には検出されませんでした。履歴効果の「正体」が何なのか(なぜ減った植物が回復しないのか)については,まだ謎が多いです。
紙の雑誌には10月くらいに出るらしいです。